栃木の国保 Vol.70 2020.7/ SUMMER

9万8千枚のレセプトを手作業で 確認することから始まった ■地域の人たちの健康を取り戻したい かつて長寿県として有名だった沖縄県。 でも、近年は夜型生活、車社会、盛んな 外食産業、多量飲酒といった社会環境を 背景に、 歳未満の年齢調整死亡率が全 国のワースト1位となり、新たな健康課 題に直面している。 そのような沖縄でデータを活用した健 康増進活動のお話をうかがうチャンスを いただいて、昨秋、私たちの研究ユニッ トのメンバーが全国健康保険協会(協会 けんぽ)の沖縄支部を訪問した。その際 に、「地域の人たちの健康を取り戻した い」という支部の皆さんの問題意識がと ても強いことを感じた。 沖縄支部がデータ分析をスタートし た2008年当時は、データを電子的 に蓄積し、簡単集計できるシステム がなかった。そこでまずは加入者全 員の1か月分のレセプト9万8千件 を印刷し、医療費や受診の状況を逐 一チェックすることから始めたそう だ。当然、レセプトと健診データを 結びつけるシステムもなかったた、 9万8千件すべてを手作業で確認し、 粘り強く健診データを紐づけていった ( 参照 )。 ■これまで見えなかった課題の本質を 知る すると、「ワースト1位」の背景に思 いがけない構造が見えてきた。 特に目に留まったのは高額医療費存 在だったそうだ。ただ、これは表に見え ている現象にすぎない。医療費が高いと いうことは、重い病気で苦しんでいる人 がいるということだ。その背景にあるの は何だろう? 分析結果から、月間 万円以上の高 額レセプトの3割が心疾患で、そのう ち基礎疾患として %に高血圧がある ことが明らかになった。つまり、血圧 をコントロールできれば予防可能な人 が多いのだ。また、高額の医療費がか かっている人の過去5年間状況を確 認すると、一度でも健診を受けたこと がある人は %にすぎず、保健指導を 受けた人にいたっては ・ %しかい なかった。健診も保健指導も受けない まま、病気になり、しかも病状が悪化 するという構造が見えてきた。 ■社会の共創を促す 沖縄支部の皆さんが素晴らしかったの は、データの分析にとどまらず、具体的 なアクションにつなげたことだ。 沖縄支部では、未治療者の健診デー タを個人が特定できない形で検査値の 悪い順に並べ、要治療の値に色付けし た資料を作成し、それを持って地区医 師会を回った。その資料を目にしたと き、医師の目の色が変わった。医師か らは、「数値が衝撃的過ぎて、この人た ちを放っておくわけにはいかない」と いった声が漏れそうだ。また状態 が悪化して人工透析に至り、レセプト が途切れていた(退職して協会けんぽ から国民健康保険に移っ)人のもと に自治体の保健師と一緒に訪問し、仕 事で治療に行く時間がとれないことや、 費用負担の心配大きいといった患者 側の事情も確認したそうだ。 このような状況を踏まえ、忙しい働 き盛り世代のために“早朝診療”のモ デルを実施したり、 要する自己 負担額の目安を受診勧奨通知に記載す るなどして、医療機関への受診を促し た。その結果、Ⅲ度高血圧の未治療者 は、2009年度の632人( %) から2013年度は237人( %) に、Ⅱ度高血圧未治療者は同じく2、 164人( %)から1、118人( %) に減少した。 これは、データを使って地域社会が共 創した成果にほかならない。健康施策を 進めるには、関係機関と連携しながら住 民や加入者に寄り添うこが鍵になるが、 データはそのための素材にることがこ の事例を通じてよくわかる。 強い問題意識を持ってデータ分析し、 課題の本質を明らかにした沖縄支部。こ うした取組こそ、新たな社会課題の解決 に必要な共創を促すことにつながる。 こくほ随想 ② 65 Q-station ; https://q-station. jp/ 80 51 10 3 8 81 39 72 45 執 筆 者 ⇒ 東京大学 未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット 特任教授 古井祐司 記事提供 ⇒ 社会保険出版社 プロフィール 古井祐司 FURUI YUJI 出身地/東京 〇東京大学未来ビジョン研究センター  データヘルス研究ユニット 特任教授 〇自治医科大学大学客員教授 〇内閣府経済財政諮問会議専門委員 略歴 東京大学大学院医学系研究科修了、医学博士(2000年)。専門は予防医学、保健医療政策。 2004年東京大学医学部附属病院特任助教授就任(2009年退任)。同年、健康づくり委 員会:ヘルスケア・コミッティーを株式会社化し代表取締役を就任(2015年退任)。そ の後、自治医科大学客員教授(現任)等を経て、2018年東京大学政策ビジョン研究セン ター(現・未来ビジョン研究センター)特任教授就任。30代で過疎地の出前医療に魅せ られ、基礎医学から予防医学に転向。産官学産官学連携のもと予防医学研究を進める 栃木県国民健康保険団体連合会「栃木の国保」 19

RkJQdWJsaXNoZXIy ODQ0MTk3